食べ物が届く先には、5つの層がある

葛藤があると、エネルギーはそこでロスする

楽器に気を入れるやり方もどこかでやってほしい、というリクエストをいただいたことがあります。
料理もそうですが、楽器に気を入れたり、食べ物に気を入れていくというのは、どういうことなのか。以前、考えたことがあります。
傾向としては、気を入れると、楽器の音でも料理の味でも、角が取れてまろやかな方向に動きます。
音色にしても味にしても、良いか悪いかは本当に好みの問題が大きいのですが、好みとは関係なく、丸くなっていくんですね。ここが面白いところです。
たとえば、パンチのある味が好きで、いつも顆粒だしの味を好んでいる方がいるとします。
その方に、寝かせた高い鰹節でとったお汁を出しても、あれ、なんか薄くない?いつものほうがおいしいのに——と感じてしまうかもしれません。
ワインでもそうです。高いワインをおいしいと思わなければ、安いワインで満足できるコスパのいい人生を送れます。高いワインしかおいしく感じられなくなると、エンゲル係数が上がります。
音でも味でも、テイストというのは所詮、個人の好みです。
好みがこれだけばらばらなのに、気を入れると、だいたい似たような方向に動く。これはどういうことなのか、と考えました。
趣味や嗜好は、理性で考えたことや、そのものについてのストーリー、その人の経験から来る感情的な満足度で、良い悪いのジャッジが行われています。
一方で、気を入れたものや、年月がたってポテンシャルが上がってきたものは、カラダで感じたときに、理性や感情とは別の尺度で高く評価されています。カラダが勝手に心地よく解釈する尺度です。
好みは人によって違う。でも、この別の尺度のほうは、そこまでばらけない。だから、丸くなる方向で一致するのだと思います。
僕らは生きるとき、ふつうは理性と感情で選択していきます。それで足りているときは、それでいいと思います。
ただ、迷ったとき。理性で考えても答えが出ず、感情でも決めきれないとき。そこで、ふだんとは違うカラダの尺度を持っていると、選べることがあります。
理屈でも感情でもなく、そうしたいと思ったからそうしてみる。
だって人間だもの。ということで、今日はこのあたりで。

葛藤があると、エネルギーはそこでロスする

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