「美味しい」と言うとき、私たちは何を感じ取っているのでしょうか。
甘い、しょっぱい、脂がのっている。これはすぐに分かる美味しさです。
けれど、素材を丁寧に扱った料理を食べたとき、味は地味なのに体の奥が温かくなる。あの感覚には、まだ名前がありません。
ユグラボでは、食べ物が届く先を5つの層に分けて考えています。
上の2つは、味で分かる層。下の3つは、味では分からない層です。
分からないから、扱われてこなかった。
けれど、人の状態を大きく変えるのは、たいてい下の3つのほうです。

フィジカル|肉体の栄養
タンパク質、ビタミン、ミネラル。栄養学が扱ってきた層です。
体をつくる材料の話で、いちばん分かりやすい美味しさがここにあります。
エナジー|気の栄養
中医学でいう水穀の精微。食べ物を、体を動かすエネルギーに変える層です。
味わい深さ、満腹とは違う満足感。そう感じるとき、人はこの層を受け取っています。
エモーショナル|感情
何を食べたかより、どんな気持ちで食べたか。誰と食べたか。
同じ料理でも、残るものが変わります。
メンタル|世界観
食べ物の選び方には、その人が世界をどう見ているかが出ます。
何を良しとして、何を避けるか。それは味の好みより深いところで決まっています。
ソウル|人生観
自分は何のために生きているのか。日々の食事は、その問いと地続きです。
毎日3回、何十年も続く選択が、人生観と無関係でいられるはずがありません。
環境の分野では、エネルギーをどう作り、どう使い、どこで無駄にしているかが問われるようになりました。
同じことが、体の中でも起きています。
良い食材を、手間をかけて調理する。一口あたりのエネルギーコストが高い料理は、ずっと価値のあるものとされてきました。それは間違っていません。
ただ、良い食材が手に入らない日もあります。
呼吸の料理は、そういう日の普通の野菜からでも、力のある料理をつくる方法です。
素材にもやる気があって、それを引き出せるかどうかで、同じ材料でも仕上がりが変わります。
けれど、良いものを入れれば体が元気になるかというと、そうでもない。
入れたものを「気」に変えられているか。そして、変えた分をどこかで漏らしていないか。
イライラしているとき、やたらと食べたくなることがあります。
逆に、何かに夢中なときは、空腹をあまり感じません。
感情や、抱えている葛藤は、それだけのエネルギーを使っています。
葛藤をなくす必要はありません。
ただ、漏れている分を減らすことはできます。
つくり方(入れる)、変換(変える)、そして漏れ(使う)。
この3つを一続きで見ているのが、ユグラボの立ち位置です。
ファストフードを食べると、お腹はいっぱいになります。よかった、という気持ちにもなる。
でもそれは「満たされた」というより「足りた」に近い。
一方、丁寧に作られた日本食を食べたとき、量は多くないのに、満腹とは別の種類の満足が残ることがあります。
あの差は、気分の問題ではありません。
ヨガではプラーナ、中医学では気と呼ばれてきました。
呼び名は違いますが、共通していることが一つあります。それが充実すると、呼吸が深くなる。
面白いのは、自分の中だけの話ではないところです。
気の充実したものを手に持つと、持っている人の呼吸が深くなる。
呼吸の料理は、これを調理に応用しています。
そして、ここが食養生の世界にぽっかり空いている場所です。
マクロビや薬膳を学べば、気やエネルギーという概念は学べます。理論としては分かる。
けれど、それを自分の身体感覚で確かめる方法は、これまで教える手段がありませんでした。
体で分かることは、文章では渡せないからです。
呼吸は、その物差しになります。
栄養学、マクロビオティック、薬膳、アーユルヴェーダ、ファスティング。
食のアプローチは無数にあり、今はどれもネットで手に入ります。
それでも迷いが消えないのは、どれが自分に合うかを判断する物差しがないからです。
層が分かれば、いま自分に必要なのはどの層かが分かる。
分かれば、自分で選べるようになります。


