食べ物が届く先には、5つの層がある

葛藤があると、エネルギーはそこでロスする
ぞっとするタイトルではるけれど、
僕自身、本当にそうだなと思う。
料理をする人は、生きた魚をさばいて殺すことも出来れば、
生命としては死んだ魚を料理として生かすこともできる。
生きているものを扱うという意味では、
料理をする人の仕事内容は、ほぼ死神に近い。
生死を自由に扱い、食材の死に感謝し、意を喜び、
生になることもまた喜ぶ。
生も死も感謝して、喜ぶことって、
あまり多くはない経験じゃないのかなと思う。
食べる人だって同じで、
死んでくれて(命を差し出してくれて)ありがとうと、
死に感謝する機会なんてあまり無いんじゃないかなと思う。
食材側からみた料理観は面白い。
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食と心のとても濃い会になりそうです。
ピンと来た方は是非おこしください。
http://ygglab.jp/event/event2.html

葛藤があると、エネルギーはそこでロスする

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