なまはげセラピー!?・・・

深澤大輝(ふかさわ)
うぉー!うぉー!ドンっ!!とふすまを開けて入ってくる、包丁を持った神様、その傍若無人なたたずまいに子供は泣き、大人も心の中で驚く。。そして、間髪入れずに、感動が僕に襲い掛かった!・・・
昨日、東北から帰ってきて、東京がいつもよりも暑く感じる。あんまり出張の事書いてないな〜と思いながら、一昨日の感動に今朝も浸った。
その原因は、何をかくそう、なまはげ、、、今回は、大晦日にやっている伝統行事の秋田県真山地区のなまはげの再現や実際の映像をみさせてもらった。
Photo 19-10-2015 15 08 02

泣ぐ子はいねが・・・?

あれ、初めて見ると相当ビビる、、、まぁ、再現には、そういう演出も入っていたんだろうけど、、、
その地区のなまはげは、大晦日に、神社で身を清めた若者が2人が1組で役になり、衣装をかぶり一軒一軒を回るのが風習らしい。(なまはげさんも疲れるので、実際には何人かが交代でやる)そんで、先達人がその2人を案内していく。家に入ると、主人や家族との対話が始まる。なまはげは主人に今年一年の諸々を問いただす。

「子供はいい子にしてるか?学校行っているか?親孝行しているか?」
「嫁はしっかり家事をしているか?祖父母の世話をちゃんとしてるか?」など。
(こんな内容が、その地域の言葉でやり取りされた。)

主人は、みんなの前で怒られ役を買う。決して神様に反発するような事をせずに、家族の前で愚者を演じる。そして、一通りの問答が終わると、なまはげにお礼をして、今年一年を締めくくる。

生きる力をつける風習

そんな流れなんだけど、みてて僕らが今最新だと思っているサイコセラピーや経営学のベースの部分というのが完全に一致していた。子供の教育や会社のマネジメントでは、最近、愚者を演出することが話題になっている。(といっても、もっと昔は普通のことだったんだけど。。。)
上司や親、先生が、愚か者に自らなることで、生徒や社員、子供が自分で生きる力を獲得するプロセスが始まる。ただ、表面的に装っても上手くいかない。心の奥底で、相手のことを信頼していなければ、それが相手に伝わってしまい、その高貴なプロセスが始まらない。愚者は本当の愚か者になってしまう。。。。そこで、最近ではサイコセラピー的なワークを組み入れて、ビジネスや教育、子育てに取り入れようとしているところが、ちょっと前より、かなり増えてきた。
なまはげのところでは、父親が愚者を演じているけれど、それを見ている周りの家族が自分の体験を客観的に振り返る機会を得ると共に、父親の普段とは異なった面に触れることができる。

客観視と味わい

感情は、e- + motionって書くように、外に出たい(e-)動き(motion)のことなんだけど、外に出たいエネルギーをよく味わうと消化されていくという仕組みを持っている。主人がなまはげに怒られるシーンは、なまはげからくる激しい情動と共に、客観的に自分が封印してきた感情を味わうチャンスだ。
こうやって、一年の埃を祓い、新しい年を迎える。今、自分の内面に向き合うことは少なくなってきているけれど、向き合えば向き合うほど、変な葛藤に悩む事は圧倒的に減るし、ライフスタイルも快適になる。
もしかしたら、この風習は、寒く厳しい環境で生きる力を養うものかもしれない、静岡のような平和ボケした環境で育った僕は、そんなロマンに思いを馳せた。
>> 感情を消化していくプロセスに興味があるならこんな講座があります。
 

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