食べ物が届く先には、5つの層がある

葛藤があると、エネルギーはそこでロスする
よく料理人なんですか?と、聞かれる。
その時は、大抵、単なる料理ずきです、
と、答えるようにしている。
というのも、料理は、好きでずっとやってきたものの、
目的は生成発展型の組織やコミュニティの形成にあるからだ。
地域社会、会社組織、家族、友人関係など、
様々なコミュニティーが、なるべく制限をかけずに、
自動的に生成発展していくにはどうすればいいかなんて、
途方も無い話かもしれない。
しかし、理論では難しいものの、日常の体験を繰り返せば、
それも不可能ではない可能性が出てきている。
それは、近頃話題を呼んでいる、
自力でやらない経営学の数々が、それを表現し始めている。
(詳しくは、またの機会に・・・)
少し話が飛んでしまったように感じられるかもしれないが、
実は、料理というのも、素材同士の小さなコミュニティという意味では、
組織論を、日常生活の中で学ぶことができるとても貴重な機会だ。
たまに出てくる、呼吸の料理というのは、
料理を組織としてみて、それが活性化するように調理すれば、
食べた人を元気にしていく料理が出来るのではないか
という発想が一つのソースになっている。
実際、一流の料理人が感じるように、
素材にも気持ちみなたいなものがあるが、
厳しい修行を積まなくても、
それを呼吸をつかって感じる事は、誰にでも割と簡単にできる。
そうすると、レシピを知らなくても、
調理バリエーションがある程度分かれば、
分量や方向性は、素材にきいてしまえばいい。
メルヘンの世界ではなく、料理の世界でも、
こんな風に調理したら食材が喜ぶだろうなと、
思っているようなことだけれども、
自分の意思をはずれ、素材がそれに応える様子を
リアルに感じられるのは、とても面白い。
呼吸の料理というのは、
食をマネッジするチカラを養うが、
食のマネジメント力は、
自分の環境さえもマネジメントするチカラにつながる。
次の記事をお楽しみに。

葛藤があると、エネルギーはそこでロスする

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