子供の勉強は、ほとんど教える必要はない

深澤大輝ふかさわ:僕には、ちょっとした趣味がある。子供の教育だ。結局なんだかんだで10年以上続いている。
といっても、僕は、大学生まで勉強嫌いだったので、自分が嫌いだった勉強を子供に教えるなんてのはナンセンス。だから、僕は基本教えないスタンスをとる。
でも、割とそれで十分だったりする。それが、実は本人の実力を引き出す鍵になる。

自分に接地する

接地って言葉、あんまり聞かないかもしれないけど、スピリチュアルの単語で言えばグラウンディングって概念に近い。
最近は、会社の社長さんとかと話してても、社員のグラウンディングなんて言葉が出てきたりする。(前まで怪しい世界の単語だと思っていたのに、変わったもんだ。。。)
表面的に言ってしまえば、自分自身に気持ちのズレがないようにしていくのがグラウンディング。人に言われたからやるって事をしていると、行動する原動力(動機)が自分にないからエネルギー切れが早い。
逆に、自分でやろうと思えば、エネルギーはいっぱいあるから、エネルギー切れになりにくいし、吸収力は半端ないし、自主性があるから、教える側はあんまり教えなくてもいい。ただプロセスを進めるだけのファシリテーター的ポジションになる。

教えなくても十分

普通は、勉強って教えようとするんだけど、それだと、動機がどんどん外側になっちゃう可能性ってある。
学ぶ意欲を促進するっていうよりは、やらされ感満載で、エネルギー源が枯渇していく事ってまぁまぁある。じゃぁ、その動機を見つけてもらうのどうするのか?
僕も自分でやっていて思うけど、もし子供が勉強しないなら、それは教える方の気持ちにある。自分の心の焦りに負けて見守れなかったり、自分の感情をごまかして表面的にいい人や笑顔あふれる人格を装う自分にね。

場作りは、教える側しだい

そういうのって伝わっちゃうんだよね。勉強しようがしまいが、どっちでもいいんだって思える安心の場作りってのは、ほぼ関わる側の気持ち次第。
でも、そのなんだか見守れない、つい言ってしまうっていう感覚は、実は、過去の自分の記憶が関係している。フードサイコロジーでも、子を持つ親のためのワークをして、子供が生き生きしてくるケースがある。子供の場合は、食とかでもアプローチできるから、食と心のフードサイコロジーだと、幅広い相談に対応することもできる。
と、まぁ、あれこれいってもしょうがないけれど、内側にグラウンディングして、アプローチをするなら、自分次第。子供の教育も、社員の教育もほぼ変わらない。
今の自分、内側のエネルギーで動いてる??
>>フードサイコロジーのワークもお試しあれ

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